044

政治・社会経済

社会の不条理に立ち向かう「義」と共生社会の意味:日経「村木厚子さんに聞く」から

2015/11/14 付日経夕刊
「共生社会とは何か 村木厚子さんに聞く  変わらぬ自分、変わる立場 「選手交代」は一寸先」

冤罪で収監・告訴され 無罪判決を受けて厚労省に復帰。
先日退官した村木さんへのインタビューを構成した記事が、非常に印象深く、
引用させて頂くことにしました。

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[人はある日突然、一瞬で支えられる側にもなる]

村木厚子さんほど、本人が望んだわけでもないのに国家権力の非情有情を
味わった人は少ない。
ある日、うそ、虚構をもとに「郵便不正事件」で逮捕され、不条理きわま
りない立場に立たされる。
疑いが雲散霧消すると、一転して筋を曲げなかった姿が尊敬を集め、国家
予算の3割、30兆円を扱う厚生労働事務次官を任される。
怒とうのような日々の中で、村木さんは「支えること・支えられること」
を深く考え抜いていた。

「裁判で無罪が確定し、1年3カ月の起訴休職が明けて与えられたのは、
内閣府の共生社会担当政策統括官の仕事でした。
部下の参事官には、子ども政策や自殺対策など個別テーマがありますが、
私にはありません。
頭で共生社会とは何なのだろうと考え始めた時、拘置所での体験が浮かび
『こういうことか』と思い当たりました」

「拘置所では、家族と話すにしても裁判を戦うにしても、誰かの力を借り
ねばなりません。
昨日までは厚労省の一員として自分は人を支える側だと思っていたのに、
一瞬にして、一晩にして、弁護士など誰かの力に頼らねば何もできなく
なったのです。
自分にもそういう時が訪れる。
人には支える側と支えられる側がいるという考え方は間違いで、いつでも
選手交代になる。
しかもある日突然そうなるということを知りました」

「私は収監中、自分に
自分は変わったのか』と『自分は失ったのか』の2つの質問をしました。
最初の質問の答えはノーです。
今回のことは周りが間違っている。
2番目については、失ったものはあるだろうけど支援者もたくさんいる。
私はこんなにも持っていたんだ、というのが答えです。
この自問自答はものすごく支えになりました。
自分は変わらなくても、あるときは助けられる立場になる。
それが共生社会なのだ、と腹の底から実感できたのです」

「無実でも裁判の勝敗は不明です。
不安の中で自分を保てたのは、考えても仕方がないことは横に置いておく
知恵があったからです。
同じことが頭の中でぐるぐる回らないようにしたのです。
これは子育てをしながら共働きしてきた経験によるもの。
仕事が忙しい時、急に子どもが保育園で熱を出して呼び出されるなどの
事態は次々に起きました。
そんな時、今やれること、明日できること、他の人がいればできること
に分類し、紙に書いて考えました。
まず今できることに手をつけると落ち着くことを、知っていたのです」


[公務員の仕事は、国民のニーズをくみ取る「翻訳家」]

内閣府から厚労省に戻り、社会・援護局長として生活困窮者自立支援法の
実現に力を尽くす。
そして事務次官に。この間、法制審議会特別部会で取り調べの可視化の
必要性などを説いた。
厚労省という巨大組織を動かしながら、検察機構という巨大権力の改革に
も力を貸した。

「事件のあと、検事総長経験者など何人もの検察庁幹部だった人に
『ありがとうございます』と言われました。
その意味は、私の経験したようなことがないと、検察は変われなかった
ということです。
法改正で、可視化などの仕組みは実現できそうですが、検察の変革には、
法改正に加えて、国民とマスコミの監視が不可欠です。
ただマスコミはときに、検察のストーリーを広める役割を果たしてきま
した。マスコミが変わる仕組みはあるのでしょうか」

「検察官の調べで腹が立ったのは、検察官は私が部下や障害者団体に対
する悪口を話したかのように、調書を自分のストーリーに沿って書いて
いたことです。
別人格の調書なので署名できないと強く抗議し、書き直してもらいました
怒りから泣いたのは、検事に『有罪でも執行猶予がつけば大したことでは
ない』と言われたときです
入省以来、ずっと公務員として信用を大事にして仕事をしてきたのです。
執行猶予がつけば大したことがないという考え方はありえない。
『そんな普通の感覚が分からないのは職業病です』と反論しました

「私は、学生の時先生から聞いた『公務員は翻訳家である』との言葉に
心を引かれています。
国民のニーズを制度や法律に置き換える翻訳こそ、公務員の仕事という
意味です。
ニーズを感じ取る感性、そして解決する企画力が重要だと若い人には
言っています。
最近は説明力も必要と思っています。
いくら良い制度をつくっても、わかってもらえなければ使われないから。
とはいえ、パーフェクトな制度はつくれないものです。
ニーズがあっても救われない人が出てくる。
どこかで無視してしまうことになる。
これを『仕方ない』と職業的に割り切ってしまうことは、ものすごく
危ないと思っています。
仕方がないというマイナスの巨大化こそ、組織にとって最も始末に負え
ないことです」

「もちろん自分が(生活困窮者自立支援法などの)法制度をつくった時
にも調整や妥協はありました。
復職後は、そんな場合でも柔軟に物事の整理ができるようになりました。
これは先に述べた『支えること・支えられること』を、お互いさまと
考えるようになった経験が生きたのだと思っています」

031

検察の筋書きに沿った供述 「責めても仕方ないんです」]
「娘の1人は私に孫の世話を期待しているみたいです」。
退任後の生活について、村木さんはさらりと言った。
今は夫の村木太郎・元厚労省官房総括審議官と2人暮らし。
退任の朝も特別な会話はなかった。
しかし世間は様々な期待をする。
退任間際にはある首長選挙の候補になるのではとの噂が走った。
「断るならはっきりと、というアドバイスを受け、そうしました」

旧労働省と旧総理府が女性行政の管轄で綱引きをし、関係に火花が
散った1990年代半ば、総理府に送られ関係を修復したのは村木さんだ。
以来、官僚仲間の間で村木さんが調整力と胆力を備えた人だとの評価
が定まった。
そんな村木さんが、検察の筋書きに沿った供述をした人についてぽつり。
「弱いところを突かれたのでしょう。気が小さい人は責めても仕方が
ないんです」。
これまで村木さんから聞いた最も厳しい言葉かもしれない。

(シニア・エディター 礒哲司)

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悩む人は、劣等感からとか不安感から、とその要因にするかもしれません。
が、私は、逆説的に、悩む人は、自尊心が高いがゆえにそうなる、そうする。
そう考えます。
こんな自分は嫌だ、ダメだ、という気持ちは、自分の弱さや足りなさを許せない。
許せないから悩む・・・。自分は、さほどではない。
自分よりも素晴らしい人はたくさんいる。
今の自分は、その人たちとは、残念ながら違う。
そう、素直に認めれば、楽になり、悩みが消える。
そう認めたうえで、どうしようか、何ができるか、と切り替える。
時に、考えてもしかたないことは、それ以上考えない。
頭を休めるか、切り替える・・・。村木さんの
「不安の中で自分を保てたのは、考えても仕方がないことは横に置いておく
知恵があったからです。」
という言葉。
場面・状況が違いますが、感覚的には、そういうことではないかと思います。

そして
「マスコミはときに、検察のストーリーを広める役割を果たしてきま
した。マスコミが変わる仕組みはあるのでしょうか。」
 最もズシリときた言葉、最も同様の思いを共有した言葉です。

犯罪・事件報道があるたびに思うのは、警察・検察の発表をそのまま流すマ
スコミ。
その多くは捜査・検察過程でのリークで、容疑自体まだ容疑段階であり、確
定していない内容のはず。
本来漏らしてはいけないはず。
司法の場で、その信憑性、事実か否かが問われるべきことが、この公表で、
容疑が確定したかのように情報が扱われ、マスコミがそのお先棒を担いで
いることが疑問視されない社会。

その自覚がないマスコミ報道を疑いなく受け取る国民という総麻痺化社会。
社会の良心の代表であるかのように御用媒体化したマスコミに、果たして
不条理な社会や政治・行政を監視することができるのか・・・。
その資格があるのか・・・。
ご苦労なさった村木さんの言葉には、重みがあります。

そして、もう一つの「義」を守る姿勢をはっきりと示した
「執行猶予がつけば大したことがないという考え方はありえない。
『そんな普通の感覚が分からないのは職業病です』と反論しました。
という言葉。
捜査に関わり、権力の代行者と勘違いする者の心・認識が、予想されたこと
ではありますが、そのように現実の言葉として発せられた時の憤り。
その憤りを持って、激しく、かつ冷静に「職業病」と指弾することは、そう
簡単ではないと思います。

それは、最大の皮肉でもあるのですが、当事者は何と聴いたでしょうか。
どう心に響いたでしょうか・・・。
その時は、きっと麻痺している心には届かなかったのでは・・・。

2

「義」があっての「共生社会」。
そう思います。
「義」には向かう相手がいます。
「義」は個人対個人に留まらない、「社会」においても法律・規範で律する
以前の心根、心の持ちようでもあります。
敢えて「正義」とは言う必要はありません。

しかし、異なる社会、異なる宗教で、「義」は異なる。
悲しいかな、そうした社会に「共生」という心根が規範に進化する時が来る
のか・・・。

村木さんの話から外れてしまいましたが、パリ同時テロ事件の悲惨さ、残忍
さを思うと、「義」を語ることの意味をなくしてしまいそうです。

「人」。
「条理」「不条理」。
何なんでしょう・・・。

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<<村木厚子さん>>
1955年高知県生まれ。高知大学文理学部卒、78年旧労働省入省。
99年女性政策課長、旧厚生省と統合後の2003年に障害保健福祉部企画課長。
08年に就いた雇用均等・児童家庭局長時代に、郵便不正事件で逮捕され、
164日間勾留されるが、10年無罪確定。
13年厚生労働事務次官。15年10月に退任。

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