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格差・貧困

格差・貧困対策には極めて限定的な最低賃金引き上げ策、非正規賃金改善策:日経「貧困・格差をどうするか」より(中)

昨年12月下旬、日経が<経済教室>面で、ここ数年問題視されている貧困・格差問題を取り上げ、
「貧困・格差をどうするか」と題して、3人の学者の小論を掲載しました。

2017年、この問題がどのように変化・進展していくか注目すべく、年初、順に紹介しています。
第1回:解消急ぐべき「機会の不平等」。その道筋を具体的に提示せよ!:日経「貧困・格差をどうするか」より(上)

2回目は、神吉知郁子立教大学准教授による以下の小論です。

「貧困・格差をどうするか」(中)
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 最低賃金上げ、英仏並みに 努力で上昇可能な社会を (2016/12/27)
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 1990年代後半以降、社会の「格差」が問題視されるようになった。
 一方、格差とは差がある状態にすぎず、その底辺が「貧困」であることこそ問題だとの
見方もある。

 貧困と格差は違うのか。
 まず衣食住の最低水準を満たせない、つまり物質的剥奪状態を指す絶対的貧困は今も深刻な
問題だ。しかし特に生活が多様化する先進国で、絶対的貧困概念では社会的・文化的なニーズ
をすくいとれない。

 そこで周囲との相対的剥奪状態に着目した相対的貧困概念が重要となる。
 例えば経済協力開発機構(OECD)は、貧困線を等価可処分所得の平均(中央値)の5割
と設定する。
 さらに欧州連合(EU)の貧困線は平均所得の6割に設定されている。
 まさしく貧困とは格差問題なのである。

 なお、日本の相対的貧困率は約16%だ。これは欧州諸国より総じて高く、OECD平均の約
11%も大きく上回る。

 もっとも所得格差それ自体が悪ではない。
 個性の違う一人ひとりが自由に経済活動をすれば、おのずから差は生じるからだ。
 しかしすべてを自由競争に委ねては、格差は拡大の一途をたどる。
 その結果、一人ひとりの機会の平等を損ね、かえって自由を失わせ、民主主義の基盤をも脅
かす。
 そこで自由と平等という本質的な価値のバランスをとるため、合理的な手段により格差是正
が図られるべきである。

 所得格差是正の合理的な手段は主に2つある。
 第1の手段は、税や社会保障制度を通じた再分配である
 これは憲法上の生存権保障(25条)を基盤とした伝統的かつ中心的な手段といえる。
 ただ、再分配には原資が必要であり、有効に機能させるには担税力の強化が不可欠となる。

◆再分配には社会分断や対立招く副作用も

 一方で、とにかく全体のパイが増えればよいという単純な話でもない。
 再分配には、支える側と支えられる側を分断する副作用がある。
 この分断が固定化すると、深刻な対立を生じる。
 一部の層に富や負担が偏らないよう、中間層を厚くすることが社会の安定には欠かせないが、
再分配だけで中間層は生み出せない

 そこで再分配より前の段階で格差拡大を防ぐための手段として、賃金という1次分配への
介入がありうる。
 生存権保障は「国家による自由」であり、真の自由の保障のために、国家の適切な介入を要
求する。
 超少子高齢化で稼働年齢層が減る日本では、支え手を増やし、安定した持続可能な社会を確
立することが、生存権保障の内在的要請となっているといえる

 すなわち働く価値を高め、働く人が尊重される仕組みが必要とされる
 賃金格差是正はその重要な手段となる
 ただし企業が支払う賃金への介入に際しては、経済活動の自由への十分な配慮が必要だ。

 ではどのような格差是正を目標にすべきか。
 あるべき格差モデルと考えられる3つのポイントを挙げた(下図)。

 まず ①「最底辺が一定以上の水準であること」だ。
 この水準維持に関してのみ、基本的人権保障の観点から強制的な介入が必要とされる
(憲法27条2項「勤労条件法定主義」)。

 そのうえで望ましい状態として、②「上下の格差が開きすぎないこと」が挙げられる。
 大きすぎる格差は中間層を細らせ、分断と対立を生じる

 さらに ③「格差が固定せず、上方への移動可能性があること」も挙げられる。
 固定化された格差は負の再生産をもたらす。
 格差が社会の活力となるには、努力で上昇可能な期待を持てなければならない

◆英国の最賃目標は平均賃金の6割の水準

 具体的な政策を考えてみよう。
 最も有効な政策は最低賃金の引き上げである。
 時間あたり賃金単価の引き上げは、まずは底上げ(①)に資する。

 労働政策研究・研修機構の2014年の推計によると、労働者の約13%は地域別最低賃金
1.15倍未満で働いている。
 最低賃金の引き上げはその賃金上昇に寄与しうる。
 また国際通貨基金(IMF)による16年11月の推計によれば、地域別最低賃金の1%の
引き上げは、平均賃金を0.48%上昇させる。

 加えて最低賃金引き上げは制度設計次第では、大きすぎる格差の抑制(②)にも有効だ。
 英国は15年、成人の最低賃金について20年までに時給9ポンド(約1300円)という数値目標
を掲げた。
 注目すべきは、この数字が平均賃金(中央値)の6割という相対的数値目標だったことだ。
 その後、EU離脱が決まり、経済状況の悪化が見込まれて引き上げ抑制の議論も出ているが、
基本的な制度設計は変えていない。
 このように平均賃金とのかい離を問題とする相対的目標を掲げることで、格差拡大抑制の
機能も果たしうる

 欧州には、フランスなど既に平均賃金の6割を達成している国もある。
 日本は約4割と先進国でも最低レベルで、雇用の減少に配慮するとしても、引き上げ余地は
大きい。

 ただし最低賃金は単価の規制にすぎないため、単独での効果は限られる。
 税制上の配偶者控除や社会保険での第3号被保険者制度、さらにはこれらの適用条件と連動
した企業内の配偶者手当により、総所得を一定に抑えるよう労働時間を減らす就労調整がなさ
れると、最低賃金引き上げの効果は相殺されてしまう

 配偶者控除の適用上限を年収150万円に引き上げるといった方策は根本的な解決にはつなが
らず、むしろ逆効果だ。
 パートタイムで働く方がフルタイムより優遇される制度を維持することは、働く価値の向上
とは正反対のメッセージを送る
 もちろんフルタイム就労を妨げる他の要因である無限定な働き方の見直しや、育児に関する
社会的インフラの整備も必須である。

 また、最低賃金引き上げでは、上方への流動性確保(③)の機能は果たし得ない。

◆労使自ら不合理な格差なくすよう誘導を

 日本の労働市場の中で、上方移動を妨げている主な要因は正規労働者と非正規間の分断だ。
 この改善には正規労働者への転換のみならず、不合理な処遇格差を見直さなければならない。
 現在、労働契約法20条やパートタイム労働法8条は、有期契約やパートタイムで働く人の
待遇差が「不合理と認められるものであってはならない」と定め、その規範的根拠となっている。

 問題は、その実現方法である。
 例えば同一労働同一賃金原則を導入して労働や賃金を要因分解し、決定要因ごとに均等・均衡
をあてはめて不合理性を判断する方法も提唱されている。
 しかし画一的な要因比較は、企業のリスク回避行動の結果として職務分離を進め、かえって
正規・非正規間の分断を加速しかねない。

 そもそも格差是正で達成すべき本質的価値は自由の保障だ。
 自由とは本来、自分のことを自分で決定できる自律性を意味する
 この点、賃金決定への過剰な介入は契約当事者たる労使の自律性を阻害する。
 むしろ法規制で重要な視点は、非正規労働者の利害を十分に考慮した労使交渉や協議により、
当事者が自ら不合理な格差のない労働条件を設定するよう誘導することだ

 具体的には非正規労働者の意見を公正に反映させ、待遇の改善を図っていることを、不合理性
を否定する考慮要素と明記すべきだ。
 さらには、企業に自ら妥当な計画策定を考えさせ、義務づけるような立法も選択肢となろう。

 こうした手法を通じて、賃金決定の透明性や公正さが確保され、キャリアや賃金のステップが
正規・非正規にかかわらず設けられるようになれば、不当な格差が是正され、安定的で持続可能
な社会を築く一歩となるはずである。

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神吉知郁子立教大学准教授:1977年生まれ。東京大法卒、同大博士(法学)。専門は労働法

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小論の出だしは、前回の白波瀬佐和子東京大学教授の小論
【「機会の不平等」解消急げ 若者も支え合いの対象に】とほぼ同じ構成となっていました。
解消急ぐべき「機会の不平等」。その道筋を具体的に提示せよ!:日経「貧困・格差をどうするか」より(上)

しかし、賃金問題に焦点を当てたことで、まったく異なる、しかし、現実的な格差改善の
道筋・方策の一つを提示することになります。

そこで示した<あるべき格差の状態のモデル>は、めざすべき格差是正法の賃金版と言え
ます。
政府も、この例の中の最低賃金法の改定を昨年行いました。
また、同一労働同一賃金という概念を、正規雇用者と非正規雇用者間の格差是正のために
用いようとし、一部の理解を得ることには、寄与したかのようには見えます。

しかし、その中で、本来賃金引き上げの原資とすべき、企業収益の向上、労働生産性の向
上など、企業サイドの努力や個々の企業の経営状態などに配慮することよりも、主に大企
業をターゲットにしてのムード作り、見方によっては責任の押し付けに感じられるような
政府の動きでした。

結局、企業頼みの政治で、国としては立法権を盾にした、行政自体の責任を隠し通しての
偏った政治という印象を拭い去ることができません。

所得の再分配は、賃金・報酬所得者と雇用する企業に直接反映させ、本家本元の財政の再
分配による格差是正政策には、抜本的に踏み込まず、既得権を守るポピュリズムに終わっ
たわけです。

また当然のことながら、所得問題は、被雇用者と雇用者、労働者と非労働者、年代・世代
の違いなどの、前回の小論における階層ヒエラルキーと、所得区分・要素ヒエラルキーと
も呼べる要因の多様な区分に応じて発生し、分析し、論じられるものです。
年金所得者も、所得者の範疇にあるわけですし・・・。

小論は、そういう意味では、まさに小さな論であると言えるわけです。
従い、総合的に、という意味での大論をベースとして小論・各論に踏み込まない限り、貧
困問題は、改善の糸口はなかなかつかめません。

頑張れば、努力すれば報われる・・・。
これは賃金労働者に限らず、働く意志を持ち、自立する意志を持つ人にとって、社会との
関係で取り組むことができる、機会の平等があれば、だれもが可能性を持つものと言える
のです。
前回の軸であった<機会の平等>は、意志・意識があれば、障害があるにしても可能な社
会である。
そう認識したいと思うのです。
格差是正は、自らの意志と行動で・・・。
それが可能な社会は、与えられるだけでなく、自ら創り出す・・・。
そう思える人の教育を、と思います。

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